東京高等裁判所 平成11年(ネ)4601号 判決 2000年7月26日
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別紙1当事者目録記載のとおり
主文
一 原判決のうち被控訴人纐纈喜久男、同阿久津春男、同杵鞭喜一、同木村清司及び同木村勝雄に関する部分を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人纐纈喜久男に対し、二五一万六六八四円及び内九〇万九六八四円に対する平成八年一二月二六日から支払済みまで年一割四分六厘、内一一一万五〇〇〇円に対する平成九年一月一〇日から支払済みまで年六分、内四九万二〇〇〇円に対する平成一〇年三月四日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
2 控訴人は、被控訴人阿久津春男に対し、二八五万六八九八円及び内一〇七万二八九八円に対する平成八年一二月二九日から支払済みまで年一割四分六厘、内一二三万八〇〇〇円に対する平成九年一月一〇日から支払済みまで年六分、内五四万六〇〇〇円に対する平成一〇年三月四日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
3 控訴人は、被控訴人杵鞭喜一に対し、一九八万六六四八円及び内七八万六六四八円に対する平成八年一二月二九日から支払済みまで年一割四分六厘、内七九万二〇〇〇円に対する平成九年一月一〇日から支払済みまで年六分、内四〇万八〇〇〇円に対する平成一〇年三月四日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
4 控訴人は、被控訴人木村清司に対し、二二二万五四三六円及び内八八万九四三六円に対する平成八年一二月二九日から支払済みまで年一割四分六厘、内八七万四〇〇〇円に対する平成九年一月一〇日から支払済みまで年六分、内四六万二〇〇〇円に対する平成一〇年三月四日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
5 控訴人は、被控訴人木村勝雄に対し、七四万六二六六円及び内二八万八二六六円に対する平成九年一月一日から支払済みまで年一割四分六厘、内二六万九〇〇〇円に対する平成九年一月一〇日から支払済みまで年六分、内一八万九〇〇〇円に対する平成一〇年三月四日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
6 被控訴人纐纈喜久男、同阿久津春男、同杵鞭喜一、同木村清司及び同木村勝雄のその余の請求を棄却する。
二 控訴人のその余の控訴をいずれも棄却する。
三 控訴人と被控訴人纐纈喜久男、同阿久津春男、同杵鞭喜一、同木村清司及び同木村勝雄との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その九を控訴人の、その余を右被控訴人らの負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。
四 この判決の主文第一項1ないし5は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決のうち控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 右部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、控訴人の従業員であった被控訴人ら及びその承継人らが、控訴人において、ゼンキン連合栃木中根製作所労働組合(「労働組合」又は「組合」)と締結した労働協約に基づいて行った基本給の減額等を内容とする減給が、右労働協約が組合規約による労働協約締結の手続に違反して締結されたことなどを理由に無効であると主張して、月額給与、賞与及び退職金の各差額の支払を求めるとともに、得べかりし雇用保険金相当額の損害を受けたとして損害賠償を求めた事案であり、原審は遅延損害金の一部を棄却し、その余をいずれも認容した。
これに対し、控訴人だけが不服の申立てをしたので、当審における審判の対象は右認容部分だけである。
二 「当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実」及び「争点」は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
(一) 原判決一三頁四行目の「受領したた」を「に受領した」に改め、六行目の「亡森戸」の次に「(以下「被控訴人ら及び亡森戸」を単に「被控訴人ら」という。)を、七行目の「という」の前に「又は『組合』」をそれぞれ加え、八行目及び末行(二か所)の各「原告ら及び亡森戸」をそれぞれ「被控訴人ら」に改める。
(二) 同一四頁二行目の「原告ら及び亡森戸」を「被控訴人ら」に改め、六行目の「B13」を「の13(B)」に、八行目の「労働協約(」を「間で『五三才以上の賃金制度に関する協定書』(<証拠略>。」にそれぞれ改め、一一行目の(<証拠略>)を削る。
(三) 同一八頁八行目の「原告ら及び亡森戸承継人原告ら」を「被控訴人ら」に、同二〇頁四行目の「退職」を「退職金」に、五行目の「原告ら及び亡森戸」を「被控訴人ら」にそれぞれ改める。
(四) 同二二頁九行目の「原告ら及び亡森戸承継人原告ら」並びに末行、同二三頁一行目及び末行の各「原告ら及び亡森戸」をそれぞれ「被控訴人ら」に改める。
2 当審における当事者の主張
(一) 本件労働協約の効力について
(1) 労働協約締結権限について
<1> 控訴人
労働組合では、職場会における意見聴取と代議員会の決議という方法が、労働協約締結のために適切かつ有効な方法であるとの認識の下に右の方法で組合員の意思が集約されていた。そして、右の決議を経て締結された労働協約を組合員は遵守していた。
したがって、本件労働協約締結にあたり、組合大会が開催されなくとも、右手続を経ていれば、組合として手続は履践されているのであって、これ以上に個別的な意見聴取等の手続は必要はない。本件では、平成八年四月二六日に職場会が開催され、翌二七日に代議員会が開かれて協約締結を決議しているのである。
仮に、組合員の一部に著しい不利益を与える労働協約を締結する場合には、対象者から、個別的な意見を聴取すべきであるとしても、本件労働協約締結にあたり行われた職場会での意見聴取は、代議員が詳細な説明を行った上で各組合員の意見を聴取したものであり、実質的に個別的な意見聴取を行ったことにほかならない。
<2> 被控訴人ら
労働協約の締結は組合大会の付議事項であり、組合大会の決議を経ないで締結された本件労働協約は無効である。
なお、労働組合では臨時組合大会が開催されたことがなかったとしても、今までは控訴人と同組合間に労働協約が締結されたことはなかったのであり、仮にあったとしても、労働条件の切り上げに関する協約締結であって、本件のような労働条件の切り下げを内容とする協約の締結ではなかったのであるから、従来組合大会が開催されずに協約を締結する慣行があったとしても、そのような慣行は労働条件の不利益変更を伴う本件労働協約の締結には適用されないというべきである。また、労働者全体について労働条件の不利益変更を伴う事項を協約化するに当たっては、集団的意思集約の必要性からも、組合大会の特別決議が要求されると解すべきである。いずれにしても、本件労働協約締結は、組合大会の決議を経ていないから、無効である。
また、本件労働協約締結に当たり、平成八年四月二七日には代議員会は開催されていないし、仮に開催されたとしても、組合が協約締結を決定した後であり、採決もしていないから、右代議員会において協約締結を決議したとはいえない。
なお、本件労働協約は、平成八年四月分の給与から適用されるところ、四月分の給与の一部は既に発生しており、この部分については協約締結権限に含まれず、本件労働協約は無効である。
(2) 労働組合法六条及び民法五四条の適用について
<1> 控訴人
控訴人は、事前に労働組合及び労働者に本件労働協約の内容を説明し、労働組合は、職場会を開催して組合員の意見を聞き、そこでの意見を代議員会で集約した上で、控訴人と本件労働協約を締結したのである。また、労働組合は、今まで控訴人と数々の協定を締結しているが、いずれの協定締結に当たっても、本件と同様の内部手続で済ませており、右各協定の締結に当たって、臨時組合大会を開催したことは一度としてないのである。
したがって、本件労働協約締結に当たって、組合内部の手続が履践されたと信じた控訴人の信頼は保護されるべきであり、労働組合法六条及び民法五四条の趣旨からして、被控訴人らが本件労働協約の無効を主張することは許されない。
<2> 被控訴人
使用者としては、組合内の交渉権限や交渉手続の在り方を十分知って団体交渉を行うべきであり、また、知りうる立場にあるのであるから、団体交渉及び協約の締結について民法五四条の適用はない。
(3) 本件労働協約の必要性及び内容の合理性について
<1> 控訴人
控訴人においては、四四期(平成七年九月から平成八年八月まで)の総受注額及びミシン部品の受注額は、前期に比して大幅に落ち込んでおり、人件費の削減は急務であった。その上、控訴人においては、若年労働者と高年齢労働者との賃金のアンバランスの是正が長年の懸案となっており、労働組合も労働者も、高年齢者の賃金を引き下げることに同意していたのである。しかも、本件労働協約では、平成九年一月から調整給の名目で減額率を大幅に緩和しており、減額の幅が大きいことや経過措置が明記されていないことをもって、本件労働協約の内容の合理性を疑うことはできない。
<2> 被控訴人ら
a 控訴人は、受注額が減少していることを理由に、本件労働協約の内容は合理性を有すると主張するが、労働者の死活にかかわる賃金の切り下げをする以上、その経営全体からその合理性を検討すべきところ、控訴人の経営は良好で、過去に一度も赤字になったことはなく、賃金の切り下げを行う必要性はない。
支払能力の判断基準とされる流動比率は四三二・六パーセント(一三〇ないし一五〇パーセントならば良好)、当座比率は三六五・九パーセント(九〇ないし一〇〇パーセントならば良好、七〇ないし八〇パーセントならば平均)であり、また、将来の潜在的な支払能力の判断基準とされる固定比率は七九・七パーセント(一〇〇パーセント以下が望ましい)、自己資本比率は六三・七パーセント(五〇パーセント以上が理想、三五パーセント以上が健全)であり、いずれも極めて良好である。
b 控訴人における五〇歳以上の労働者の給与水準が県製造業の平均と比較して特に高いことはなく、賃金水準が高いことを理由に、本件労働協約の内容の合理性をいうことはできない。
c 控訴人は、退職者の出ることを予想していたのであるから、退職条件を有利にして、希望退職を募集するなどの措置を採るべきであった。
(二) 給与額の算定及び退職金計算について
(1) 控訴人
<1> 平成八年五月の組織変更において、被控訴人纐纈は統括グループ長(役付手当金四万五〇〇〇円)から指導員(役付手当金一万円)に、同阿久津、同杵鞭及び同木村勝雄は指導員から一般職(役付手当金無し)に、同木村清司はグループ長(役付手当金三万円)から指導員にそれぞれ変更になっている。
<2> 給与・賞与規程(<証拠略>)によれば、賞与支給額は「その期の会社業績等を勘案して、労働者の過半数を代表する労働組合と協議して決定する」(二五条)とされ、賞与支給額の査定は「対象期間の個人の能力、勤怠、作業内容、貢献度等を勘案して会社が行う」とされていることから明らかなとおり、賞与は、基本給を基礎として算定されているのではない。
(2) 被控訴人ら
<1> 役職変更により生じた差額及び退職金の差額については、控訴人の自白が成立しているので争うことはできない。なお、役職変更に伴って、当然に手当が支給されなくなるものでもない。
<2> 賞与支給額の計算は、基本給を基礎としてこれに査定・考課を経て決定された額であるところ、被控訴人らに支給された賞与は、既に査定・考課を経たものであるから、基本給に応じて比例配分することは合理性を有する。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決の一部を主文第一項のとおり変更するほかは、原判決のとおりに認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 事実関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」第三の一に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二五頁三行目の「おいても」の次に「ミシン部品の」を、五行目の「九月」の次に「から」を、末行の「平均」の次に「総」をそれぞれ加える。
2 同二六頁一行目の「平均」の次に「総」を加え、二行目の「予想さる」を「予想される」に、四行目冒頭から二七頁一〇行目までを次のとおりそれぞれ改める。
「(二) 控訴人の四四期(平成七年九月から平成八年八月まで)の決算では、営業利益は三三七五万七二六一円の赤字ではあったが、経常利益は四五四六万八七四六円、当期利益は二八五二万二四八二円であり、前期繰越金四一〇六万五六九五円を入れると、未処分利益は六九五八万八一二三円となった。経常利益が黒字になったのは、子会社等からの賃料収入が四六二三万六三七五円、雑収入が四一一六万七三四二円あったためである(なお、賃料収入は今後も見込まれる収入である。)。また、当時の控訴人の資産には、預金・六億六五二八万七九八九円、建物・二億五七九五万一六三七円、土地・一億二九二一万五四五〇円が含まれ、借入金は、短期が一五八三万円、長期が三億五二〇〇万円である。平成八年九月以降の月平均の総受注額は、二億一八七六万円程度で推移した。
控訴人の四五期(平成八年九月一日から平成九年八月三一日まで)の決算では、売上高は、ミシン部品については四四期をわずかに下回ったものの、自動車部品や電動工具等は増加し、全体では四四期を上回り、営業利益が一億四一八二万九四〇六円、経常利益が二億〇六二三万六六九一円、当期利益が三五八六万八六二三円となり、前期繰越金五四〇一万五〇九八円を加えると、未処分利益金は八九八八万三七二一円となった。また資産については、預金が七億三八九六万七五四一円と増加したほか、土地、建物、短期借入金長期借入金は、四四期決算とほぼ同様であった。
一般管理費のうち人件費については、四四期では合計二億二九一三万六三八四円であったが、四五期では一億七五二八万三九四二円となっており、そのうち役員報酬は、四四期が五五二一万二〇〇〇円、四五期が五四二八万六〇〇〇円、給料手当は、四四期が一億三一二九万九二一三円、四五期が八五〇一万六一七二円となった。
四二期から四六期までの間の営業利益は、四四期が赤字となったほかは、赤字となったことはない。」
3 同二八頁二行目の「受注の」から末尾までを「三九期(平成二年九月一日から平成三年八月三一日)以降ミシン部品の受注額の減少傾向が続き、四四期には営業利益の赤字が見込まれて」に改める。
4 同三〇頁末行の「なされた」を「され、右提案をもって結論とされた。」に改める(ママ)
5 同三五頁一行目「最後に」の次に「臨時」を加える。
6 同三七頁三行目「一八日」を「二五日」に改め、四行目「資料」の次に「(<証拠略>)」を加える。
7 同三八頁四行目「一二、」の次に「乙一五、」を加える。
8 同四〇頁三行目の「同月中に二三名」を「同月一六日までに二三名(内一名定年退職)」に改める。
二 本件労働協約の効力について
1 協約締結権限について
(一) 中根製作所労働組合規約(<証拠略>)によれば、労働組合には機関として組合大会、代議員会、執行委員会が置かれている(一〇条)。組合大会は、全組合員をもって構成される最高の決議機関として位置付けられ、労働協約の締結と改廃は組合大会の付議事項とされ、組合大会は組合員の三分の二の出席によって成立し(一四条)、議事の決定は特別の定めのある場合を除き出席組合員の過半数で決し(一七条)、表決は原則として挙手又は直接無記名投票によるものとされている(一四条、一七条、一八条)。これに対し、代議員会は、組合大会に次ぐ決議機関であり、代議員及び執行委員をもって構成され、労働協約の改訂に関する事項、労働条件に関する事項を付議事項としている(一九条、二〇条)。代議員会を構成する代議員は、各職場ごとに組合員一〇名に付き一名の割合をもって選出され、一〇名に満たない職場では五捨六入の割合によって選出される(二一条)。
このように、労働協約の締結は組合大会の付議事項とされているところ、本件労働協約締結にあたって組合大会で決議されたことはないから(争いのない事実)、本件労働協約は、労働組合の協約締結権限に瑕疵があり無効といわざるを得ない。
(二) ところで、控訴人は、労働組合においては、一時期を除いて、労働協約締結のための臨時組合大会が開催されたことはなく、代議員会を開催し、職場会での意見聴取を行った上、労働協約を締結してきたところ、本件労働協約の締結に際しても、代議員会が開催され、職場会の意見聴取をし、大多数の賛同を得て締結された上、平成八年一一月一月に開催された定期大会において報告され、承認されているので、手続に瑕疵はない旨主張する。
(1) 労働組合では、昭和五〇年ころ以降、労働協約締結等のために臨時組合大会が開催されたことはなく、労働協約の締結を含め、職場会における意見聴取、代議員会における決議によって組合の意思決定がなされてきたことは、前認定のとおりである。本件労働協約の締結に当たっても、右と同様の手続を経て締結されたのであるが、職場会における意見聴取の様子は、引用した原判決の「事実及び理由」第三の一4(二)に認定したとおりであり(当審において取り調べた証拠によっても、右の認定を覆すことはできない。)、これに代議員会の決議が加わったことをもって、組合大会の決議に代替し得るものと評価することはできない。
これまで組合が前記の手続で意思決定をしてきた労働協約は、賃金等重要な労働条件について不利益に変更することを内容とするものではない(弁論の全趣旨)ところ、本件労働協約は、五三歳以上の労働者のみを対象として、その基本給を減額するもので、その減額の程度は五三歳の労働者であれば五三歳時の基本給を基準として最高二一・七パーセント、五八歳の労働者であれば直ちに二三パーセントに及ぶものであり、しかも、その実施を四月一日に遡らせて基本給を減額することを含むものであって、対象とされた労働者に対する不利益が極めて大きい(ちなみに、五三歳以上の労働者数は全体の三五パーセントに及ぶ。)のであって、前記の経緯があるからといって、労働条件の不利益変更を内容とする本件労働協約締結につき、組合大会の付議事項としない扱いを肯定することはできないというべきである。
(2) そして、本件労働協約締結後に開催された組合大会において、報告事項として承認されたとしても(<証拠略>)、そのことをもって協約締結に必要な決議があったとみることもできない(なお、手続が違うので、報告事項としての承認をもって、追認があったものと評価することもできないというべきである。)。
(3) ところで、控訴(ママ)人纐纈及び同田崎は、平成八年四月六日開催の賃金改定会議に出席し、高齢者の給与の減額をすべきであると述べたこと、右会議では本件労働協約と同内容の減額を行うことが結論とされたことが認められるが(<証拠略>)、右決定は、控訴人内部の意思決定であって、その決定自体が直ちに同被控訴人らあるいは労働組合に効果を生じるものでもない。なお、被控訴人らが、職場集会で反対意見を述べていないとしても、そのことをもって本件労働契約の効力を認めることはできない。
2 労働組合法六条、民法五四条との関係について
労働組合は、控訴人と労働協約等を締結するに当たって、職場集会による組合員の意見の聴取と代議員会における決議を経て協約等を締結した経緯があったことは前認定のとおりであるが、控訴人においては、労働組合が結成されて以降、労働組合との団体交渉等を重ね、種々の合意を形成してきた経緯からすると、労働組合の規約において労働協約の締結が組合大会の決議事項である規定されていることは認識していたものと推認することができる上、今まで締結された協約等は、従業員の一部であれ賃金の切り下げという労働者の基本的な労働条件を不利益に変更するものではないのであるから、控訴人において、本件労働協約のような基本的な労働条件を不利益に変更する場合についてまで代議員会による決議で足り、組合大会による決議は要しないとの信頼があったとはいえず、仮にそのように信頼したとしても、本件労働協約の内容に照らし、そのような信頼を保護すべき場合であるともいえない。そうであれば、控訴人の労働組合法六条、民法五四条の趣旨を適用すべきであるとの主張は理由がない。
3 本件労働協約締結の必要性及び合理性について
既に説示したところによれば、本件労働協約の効力を認めるに由ないものといわなければならないが、控訴人が本件労働協約締結の必要性及び合理性について主張するので、念のため検討しておくこととする。
(一) 控訴人は、工業ミシン部品を中心とする機械部品メーカーであり、その主力商品であるミシン部品の受注額が年々減少傾向にあり、営業利益も平成七年一二月から平成八年二月までの間で赤字となり、控訴人が今後もその傾向が続くと判断したことは、前認定のとおりである。しかし、控訴人の四四期及び四五期の当座資産、流動負債の内容並びに固定資産の内容及び評価からみると、控訴人の財務内容は健全であり、平成八年四月当時、直ちに経営危機に陥るほどの悪化した経営状態であったとは到底いえないこと、株主に対しては配当金として合計一五五七万三〇二五円の配当を行い(<証拠略>)、役員に対しても五五二一万二〇〇〇円の報酬を支払っていること、他方、五二歳以下の従業員に対しては平均五六〇〇円の昇給を行っていることからすると、五三歳以上の労働者に対して、個々の同意を得ることなしに、しかも四月一日まで遡らせた上で、基本給を減額しなければならない必要性があったものとは到底いえない。
(二) また、本件労働協約は、五三歳に達した労働者に対しその時点での基本給の二一・七パーセントの、また五八歳以上の労働者に対しては二三パーセントの減額を行うことを内容とするものであるところ、右減額の程度は当該労働者にとって決して少い(ママ)ものではないにもかかわらず、調整としては、その改訂基本給のプラス調整(昇給)を行うことがあることを定めているのみである上、五八歳以上の労働者についてはその対象外とされているのであって、調整規定として不十分であるといわざるを得ないし、更に、四月一日に遡って実施することについては、その根拠に乏しく、合理性を欠くといわざるを得ない。
4 以上のとおりであるから、本件労働協約は、その締結手続に瑕疵があるので、無効であるといわざるを得ず、したがって、右協約に基づく給与の減額は、その効力を認めることはできない。なお、労働条件の不利益を伴う労働協約であるにもかかわらず、その必要性及び合理性があるものとも認められないというべきである。
三 本件給与減額措置について
本件給与減額措置に関し、控訴人が全労働者を対象に説明会を実施した上無記名のアンケートを行ったこと、アンケートの結果は一一八名の労働者が給与の見直しを行うことに賛成したものであったこと、控訴人は平成八年一二月六日に給与を支給した際、給与袋に減額後の給与額を明示し、意見があれば控訴人に申し出て欲しい旨記載した通知書(<証拠略>)を同封したが、その後、被控訴人らから異議が述べられたことがなかったことは、前認定のとおりであるが、右通知書につき単に異議の申出がないことをもって、黙示の同意があったものとすることはできず、被控訴人らが本件給与減額措置に同意したとはいえない。
また、被控訴人中村は、平成九年一二月三一日に定年退職したが、その間に給与につき異議を述べなかったとしても、そのことから直ちに、給与の減額に同意していたとは認められない。
なお、本件給与減額措置は、全労働者を対象とするものではあるが、全従業員の給与を一律に減額するものではなく、減額の有無や減額幅は、考課査定によって定まるものであること、最高で八万円の減額を受けた労働者もいること、控訴人の経営状態は、前認定のとおり、危機的状況にあったとはいえないことなどからすると、本件給与減額措置の合理性及び必要性は認め難く、労働者の同意なく実施し得るものとはいえない。
したがって、本件減額措置は無効であるといわざるを得ない。
四 給与差額の算定等について
被控訴人らは、役職変更により生じた差額及び退職金の差額については、控訴人の自白が成立しているので争うことができない旨主張するが、記録を検討しても、右の点について、控訴人が自白をしたことを認めることはできない。
1 給与額(ママ)差額の算定について
被控訴人纐纈、同阿久津、同杵鞭、同木村勝雄及び同木村清司を除く被控訴人らの給与差額は、原判決別表(二)3、5ないし8、11ないし13の各(A)の差額欄記載のとおりである。
平成八年五月分以降、被控訴人纐纈は四万五〇〇〇円の、同阿久津、同杵鞭、同木村勝雄は一万円の、同木村清司は三万円の役付手当の減額を受けた旨主張するが、役付手当は職務上役職者にあるものに支給されものである(<証拠略>)ところ、被控訴人纐纈及び同木村清司については、役付手当が一万円を超えて支給される役付であることを、また、被控訴人阿久津、同杵鞭及び木村清司については、役付であることをそれぞれ認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人纐纈及び同木村清司については、役付手当のうち一万円を超える部分、同阿久津、同杵鞭及び木村勝雄については役付手当部分は理由がない。したがって、右被控訴人らの給与差額は、原判決別表(二)の1、2、4、9、10の各(A)の「要支給額」欄の「役付」欄、「手当計」欄、「支給計」欄、「差額」欄を本判決別紙2ないし6の各(A)のとおり変更した額となる。
2 賞与差額の算定について
給与・賞与規程(<証拠略>)によれば、賞与の支給額は「その期の会社業績等を勘案して、労働者の過半数を代表する労働組合と協議して決定する。」と、査定については「対象期間内の個人の能力、勤怠、作業内容、貢献度等を勘案して会社がおこなう。」と定められているところ、平成八年夏季賞与について、労働組合は、二か月分(平均四九万三〇〇〇円)の支給要求をし、控訴人は、一か月分(平均二四万六六九二円)を支給すると回答しており、従来からこのような要求及び回答をしていること(<証拠略>)からすると、賞与支給額の算定は、基本給を基礎に査定しているものと認められる。そして、被控訴人田崎を除く被控訴人らに支給された賞与は、既に基本給を基礎として査定を加えた後の金額であるから、基本給が変更された場合には、比例配分の方法により、支給されるべき金額を算定するのが相当である。
そうすると、被控訴人田崎を除く被控訴人らに支給されるべき賞与の額は、原判決別表(二)の1、2、4ないし13の(B)の要支給額欄のとおりとなる。
3 退職金計算について
被控訴人田崎を除く被控訴人らの退職金は、原判決別表(二)の1、2、4ないし13の(C)の退職金欄記載のとおりとなる。
4 雇用保険差額請求について
被控訴人田崎を除く被控訴人らは、無効な本件労働協約及び本件給与減額措置により、本来支給されるべき雇用保険金を得られず、既に支給された金額との差額と同額の損害を被ったものである。その額は、被控訴人纐纈、同阿久津、同杵鞭、同木村勝雄、同木村清司については、別紙2ないし6記載の各(D)の差額欄記載の金額であり、被控訴人田崎を除くその余の被控訴人らについては、原判決別表二3、5ないし8、11ないし13の各(D)欄記載のとおりである。
5 遅延損害金について
控訴人は、給与差額及び賞与差額については、支給日の後である退職の日(別表一「退職年月日」欄記載の日)の翌日から賃金の支払の確保等に関する法律所定の年一割四分六厘の割合により遅延損害金を、退職金差額については、別表一「退職金支給日」欄記載の日の翌日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、雇用保険金差額金については、不法行為の後である平成一〇年三月四日から年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。
五 結論
以上のとおりであるから、被控訴人纐纈、同阿久津、同杵鞭、同木村清司及び同木村勝雄の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。また、その余の被控訴人らの請求は、雇用保険の遅延損害金につき年五分を超える部分については理由がないから棄却すべきであるが、その余は理由があるから認容することとする。
よって、原判決のうち、右と一部異なる被控訴人纐纈、同阿久津、同杵鞭、同木村清司及び同木村勝雄に関する部分を右のとおりに変更し、その余の被控訴人らに関する部分は相当であり、右被控訴人らに対する本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日・平成一二年四月一九日)
(裁判長裁判官 瀨戸正義 裁判官 井上稔 裁判官 遠山廣直)
別紙1 当事者目録
控訴人 株式会社中根製作所
右代表者代表取締役 中根博
右訴訟代理人弁護士 高井伸夫
同 岡芹健夫
同 山本幸夫
同 三上安雄
同 廣上精一
同 山田美好
被控訴人 纐纈喜久男
同 阿久津春男
同 田崎俊一
同 杵鞭喜一
同 大出千代吉
同 塩沢奨
同 森谷幸夫
同 森戸信子
同 森戸雅男
同 半田みゆき
同 木村清司
同 木村勝雄
同 山井利江
同 清水ヨシ子
同 中村カツ
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 奥川貴弥
同 川口里香
同 宇佐見郁
別表 減額前後の基本給月額および差額金一覧
<省略>